プロフィール(4)

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つながりびと『はるさん』です。

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毎週火曜日は、自己紹介です。

きょうは、「社会人 新人時代〜」です。

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社会人時代 1988年~1996年

就職面接で愕然

大学院入試に失敗し失意の中、広島の自動車メーカーへ就職面接を受けることになった。

幼いころに何気なく親に言われていた自動車メーカー、そして留学していて時にあこがれてたのは、サバンナRX-7。アメリカへの憧れがあり、輸出依存度が高いと聞いていたマツダなら海外で働くチャンスがあるかも?という理由で選んだ。

会社訪問もすることなく面接で初めて本社のある『向洋駅』に降り立った時の驚きは今でも鮮明に覚えている。

従業員が2万人を抱える企業のお膝元の駅とは思えない小さな駅だった。

就職面接はあっという間に終わって、内定をもらうことになった。

1988年~1993年 新人時代

入社式の前日に社員寮に入るのだが、2日前に愛車のファミリアで一路広島へ、

途中倉敷のアイヴィースクエアで一泊して名残惜しむ様にして広島入りした。
(入寮時に玄関に車を横づけして来た新入社員はほかに誰も居ませんでした。)

社内報へ掲載される新人座談会へ参加へ立候補したり、研修中に有休を取って名古屋へ帰ったり、この頃から少し変人の片鱗を見せていたようだ。

新入社員研修と工場研修を終えて配属されたは、希望通りのエンジンの開発部門でした。

配属されてたのはエンジン単体の開発チームで、世界最小のV6エンジンが担当だった。

エンジン単体が完成すると車両に搭載して排ガス適合するチームへ異動し、量産するまでの一連の仕事を経験させてもらった。

入社して5年後、担当したエンジンがいよいよ市場へデビューするタイミングで海外駐在のチャンスをもらった。

新入社員歓迎会の2次会で当時の課長に連れられて行った「スナック?」で、「海外へ行きたい」と発言しており、それが叶ったのかどうかは分からないが憧れの海外勤務が現実のものになった。

1993年 昇級試験での挫折

その当時、大卒は入社4年後に昇級試験を受けるのが慣例になっていた。

3ヶ月ほどかけて自分の仕事を将来像を描く論文を書くのだが、型にハマったことを書かなくてはならないのが合っていなかったのか?

全く、上司の指導が理解できず、自分は何者か?分からなくなり、納得いく論文を書くことができなくて同期でただ1人昇級試験に不合格という結果になった。

人生2度目の挫折を味わう。(1度目は大学院入試失敗、浪人は挫折と捉えていない)

その当時、仕事とは?が理解できていなかったのかな?いまでも何が正解か分かっていませんが😂

昇級試験は落ちても駐在が決まってたので落ち込んんでいる暇はなく、今度は駐在計画書を必死で書きました。悪戦苦闘して赴任直前にやっと上司の承認が入ったんです。

落ちこぼれで世話の焼ける社員でしたが、若い時にいろんなチャンスをくれた上司には感謝感謝です。

1993年~1996年 アメリカ駐在時代

駐在先のアンナーバへは単身で向かいました。

赴任にして最初の仕事は、ゴルフクラブの調達。先輩駐在に連れられ向かったのは駐在員御用達のGolf Shop。

家族がいない開放感からか、直ぐにでもコースへ出れるだけの道具一式を購入したのです。当面の生活費として持っていったドルの殆どがあっという間に無くなったのです。

ひと月遅れて妻と生まれて10ヶ月の娘が渡米して3人でのアメリカ生活が始まるのです。

車がないと身動きのとれないアメリカ生活、妻も直ぐに運転をしなくてはならないのですが、僕の運転で1度だけ来た事のあるOfficeにいきなりひとりで来させるという、いま考えると鬼のよう厳しいことを要求していました。でも、それをやってのける妻はすごいと思います。

僕は仕事もアメリカ生活もエンジョイしてましたが、妻は苦労が多かったと思います。

アメリカ駐在の目的ひとつは全米を旅したいということだったのでVacationで各地を旅行しました。

・Florida
・Washington DC & Niagara Falls
・ Paris & London
・Caribbean Cruises
・Grand Circle
・Reno & Squaw Valley
・Montreal & Quebec
・San Francisco
・New York
・Hawaii

心残りは、Yellow stone national park, Mount Rushmoreの2か所 

仕事の方は?といえば、駐在員は『24時間働きます』といった感じだったので

本社からの連絡は時差の関係で夜遅くなることが多く、一旦仕事を終えGolfをワンラウンド回ってOfficeに戻って打ち合わせをするってことも少なくありませんでした。

仕事を自分でコントロール出来ている感があったので全く不満はなく充実してました。本社にいたら考えられない働き方ですが、時代が良かったのだと思います。いまでは許されないかも??

あっ、それから駐在前に失敗した昇級試験はGolfをやりながら上司に指導をしてもらったり、楽しんで取り組めたので無事に合格することが出来ました。

仕事もプライベートも充実した3年間の駐在生活あっという間で、唯一と言っても良いくらい大きな入社動機であった、「海外で働く」ことが、入社8年を経て終わってしまったのです。

3年間の駐在生活も終わりに帰国の準備をしているときに、大きなニュースが入ってきたのです。

それは、私のその後の会社生活を変えてしまう大きな出来事です。


プロフィール(5)へつづく⇒こちらからどうぞ (近日公開 7/20)

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